1998年12月27日
次に行った国は、バンクラディッシュで、この国は人口が日本と同じ1億2千万人だが面積が日本の約半分、ほとんどが低地であり雨季にはひんぱんに川が反乱している。この国の「地球の歩き方」などのガイドブックは皆無で、ほとんど観光客が来ない国である。
でも、この国の人々は日本人びいきであると聞く。なぜなら、日本から多大なるODAがこの国に入ってきているからである。
電話設備は最低らしく、隊員で加入電話を持っている人はほどんどいないらしい。連絡には無線を使っているようだ。また、信じられないことに、首都ダッカでは携帯電話サービスがあり、隊員の中の数人は携帯電話を持っていた。
せっかく訪れた首都ダッカなのに、ちょうど私が着いた次の日からこの国でもストライキが勃発し、バスや鉄道やタクシーはストップし、暴動や反乱の危険があったため、ずっと隊員宿舎にとどまるハメとなり、ろくに町を回ることもできなかった。
ヒマになってしまったので、宿舎にあるプールでひと泳ぎしてのんびりしていたが、欲求不満のせいか胃に激痛が走り38度の熱を出してしまい、ずっと寝込む始末となってしまった。幸い薬を飲んでなんとか出発までには元気になったが、バングラディッシュの4日間は本当につまらなかった。