1998年12月27日
カトマンズは都会だったが、交通量の多さには恐ろしさを覚えた。道を横断するのにも横断歩道があるわけでもなく、ネパール隊員に「死ぬ気で横断してください。」と言われたり、歩道の無い通りを歩く時はいつも車やバイク・自転車に恐怖を感じながら歩かなければならず「この町は、ゴミゴミして落ち着かん!」と思った。
でも、食事は最高だった。世界の観光都市だけあって、日本食レストランやピザ屋さん、ステーキハウス、中華料理屋、韓国料理屋、などなど何でも揃っていた。ここでも「ブータンって本当に何もない国だなぁ」とネパール隊員に対してちょっと羨ましさを覚えたと同時に、ネパールに滞在した4日間でブータン生活の反動とばかりに、これらのすべての料理をお腹いっぱい食べた。本当に本当においしく、日本に住んでいればあたりまえに食べられるのに、この時ばかりは「うまいものを食べる幸せ」というのを実感した。
バザールを歩くと、そこには「こんにちは、じゅうたんはどうですか?」「あなたのガイドになりましょうか?」など、下手な日本語を話すネパール人がウヨウヨいて声をかけてきた。「ああ、ここで多くの日本人観光客がボラれてるんだろうな」と感慨深く思いながら「No!」とすべて即座に断った。
写真:ネパールの路上にて現地電話局員と
途中、電話局職員の作業現場にでくわしたので、少し話を聞く事ができた。町を歩きながら電話線路網を見ていて「この国はインド製を使っていないな」と思ったので、どこ製の材料を使っているのか聞いてみると、ドイツ・デンマーク・フランスなどヨーロッパ製を使用しているとの事だった。この国の電話網もブータンと同じように、先進国の援助によってまかなわれているようだった。
ネパールに4日間滞在して、カトマンズの病院や寺院などを見て回って、ネパールの方が建築物が細かくてしっかりしているなと思った。また、この国はネパール語の国なのに、結構英語の表示が多いし英語が通じるし、英語も案外使われていることに驚いた。
私自身この国が結構気に入ったが、ただ1つ、カトマンズの交通量の増加による大気汚染がひどく、多くのネパール隊員が喉や腎臓などの器官を痛めながら活動している事実は、何とかしなければいけない課題だなと思った。