山国ブータン王国−79(TOEFL試験)

1998年10月25日

 1998年10月24日土曜日、日本でもやっている結構有名な英語の試験TOEFL(Test of English as a Foreign Language)を試しに受けてみた。

根本的にTOEFL事務所がブータン国内には存在しないため、最初「ブータンでこの試験が本当受けられるのかなぁ」と半身半疑だったが、いろいろ調べてみたらインド事務所が代行して、年に3回だけブータンの首都ティンプーで実施しているということが分かり、早速この10月の試験の申込みをした。

 受験料は80ドル。申込場所がインドなので80ドルの小切手を作ってそれを申込書と一緒にインドへ送った。80ドルというのは、現地人にとってはとてつもなく高い。30才前後の一般公務員の給与が月に約50ドルなのに、たかが英語の試験で80ドルというのは、本当に高額にちがいない。私の予想では「こんなに高い受験料では、試験会場にはたった5、6人しかいないのではないか」と考えていた。

 当日は、午後15時30分という「なんでこんなに遅い時間から始めるんや」と思わせるような時間を指定された。会場は、ティンプーから5kmも離れた郊外の公務員養成所で行なわれた。しかし、案の定会場に行ってみても、誰もいやしない。近くにいた管理人に聞いてみても「もう1時にやってしまったよ」と訳の分からないことを言ってくる。でも、私たち協力隊員2人は、この途上国バージョンを理解していたので、特にあせることもなく待つことにした。

 集合時間ぎりぎりになって、やっと主催者が到着、教室の1つに案内されて席につくことができた。驚いたことは、受験者がなんと20人もいたことだ。我々日本人2人とインド人が1人いたが、残りの17人は立派なブータン人であった。そのうち女性は5人含まれていた。彼らは、アメリカやイギリスへの留学を目指しているのだろう。私は「この受験料を払うことができた彼らは、たぶん金持ちの息子にちがいない。彼女達は、きっといいとこのお嬢さんにちがいない」という変なことを考えてしまった。

 試験が始まり、最初は「20世紀の始めと終りを比べて、あなたのもっとも印象に残った変化について論文を書け」という筆記試験、その後聞き取り試験を行なった。試験が終ったのは19時ともう外は暗くなっていた。

 この試験を受けて「ブータンで使っている英語とアメリカの英語はまったく別物だ」としみじみ感じた。それを感じたのは聞き取りの時で、スピーカーの早い英語があまり聞き取れずに、勘で回答してしまったのがいに多かったことか。「私はブータンで何の言葉を話していたんだろう。」と少しがっくりしてしまった。

 私が今ブータンで使っている言葉は、いわゆるブータン発音で外からみれば怪しい英語なのだ、アメリカで話しても通じないんじゃないか、ということをあらためて実感した。ちょっと勉強の仕方を考え直さなくてはいけないなぁ。と思った。



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