1998年10月14日
(スノーマントレック断念!)
●第9日目 平成10年9月17日 ロブルタン(4250m)〜ラヤ(3820m)
今日は、2日分のコースを行くために、7時5分と早い時間に出発した。
1時間40分登って、シンゲラ峠(4870m)を通過。あとは下り道となり、楽だったが距離が結構あった。15時55分ついに、ブータンで最も北にある村ラヤに到着した。気持ちは、「やっとこさ、最北の村ラヤに着いたぞ」という感じだった。
今日は9時間近く歩きっぱなしだったので、ついたばかりの時はもうヘトヘトだった。というのも、峠に着いたときに「さあ休憩だ」と思いきや、2、3分休憩しただけで、馬もガイド達もサッサと行ってしまうではないか。
「おい、ちょっと待たんか」というくらい休んでくれない。
馬使いの気持ちとしては、馬が荷物をずっとかついでいるため、休まずに一気に行ってしまいたいらしい。まあ、自分も何とか馬のペースについていけているので、ガイドは喜んでいるが、、、
写真:トレッキングにてヒマラヤの景色
ラヤ、ここは一番近い駐車場からでも歩いて4日かかる、電気の無い村である。しかし、こんな場所なのに家は思ったより多い。60件から70件といったところか。人口は1600人もいるらしい。本当にこんなに人がいるのかなぁと思ったが、考えてみれば、ここは日本ではなくブータンであり、一般ブータン人家庭には10人〜30人くらいが1つの家に一緒に住んでいるため、見た目より人口が多いのであった。
それにしても、村中のキャンプは落着かない。テントの周りでいつも足音や話声がしてうるさいし、トイレの場所も難しい。昨日までは、誰もいない静かな大地だったので、こんなこと全然思わなかったのだが、、、
●第10日目 平成10年9月18日 ラヤ(3820m)
スノーマントレッキングに黄信号が灯った。ガイドが言うには、ラヤから先、荷物運び用のヤクが調達できないらしい。というのは、ここから先のルートが道が悪く、ヤクがよく崖から落ちるため、所有者がいやがっているというのだ。
「ふざけるな!そんなの最初から分かっているはずじゃないか。絶対に調達しろ!」と、強く主張して、この日はガイドとラヤから歩いて1時間下ったアーミーのキャンプまでヤクを調達しに行った。が、結局は調達することはできなかった。
この時、ガイドの雰囲気がどうも怪しかった。そいえば、ラヤにたどり着く5日前に「もし、ラヤから先の道の橋が流されていたらどうする?」などという変な質問をされたのを思いだした。どうもガイドは、この先行きたくないようなのだ。こんな難しい状況で、ヤク調達役のガイドに行く気が無くては、これはダメだな。と心で感じた。
●第11日目 平成10年9月19日 ラヤ(3820m)〜コイナ(3200m)
ついに、ヤクの調達ができずスノーマントレッキングを諦めなければならなくなってしまった。私にとっては、ブータンでの最大のイベントであり、最大の挑戦であったスノーマントレッキングだったのに、、、こんな中途半端で断念するとは、、、、ああ、必死にためて支払った1920ドルはどうなるのだろう?成功して帰ってきて、みんなに自慢する予定だったのに、、、くやしくてくやしくて頭が混乱し、機嫌が悪くなっていくのを感じた。
とにかく13時に出発、進路を予定の東から南に変え、プナカへ下っていくことになった。自分の気持ちのように天気も悪かった。空は曇りで、時々強い雨が降ってきた。17時に歩いた道沿いの開けた場所を選んででテントを張った。