1998年10月14日
●第6日目 平成10年9月14日 リンシ(3915m)〜チベサ(3910m)
今日は、一番楽なコースだったように思う。9時に出発して、12時10分にはもうテントサイトに着いてしまった。道中も特に峠もなく、余裕の6日目だった。
着いた場所は「チベサ」という集落で、200人位の村人が暮らしている所だった。電気も電話も無い。集落の前にはきれいな川が流れていて、これを生活水として使っている。住居は壁が石で、屋根は木で作ってあった。
もし、これが1000年前だったとしても、同じ生活ができるじゃないかと思わせるような、とても原始的な生活をしている場所であった。
ここの人々は、子供から大人まで手も足も衣装もみんなどろまみれになっている。そいえば私も、幼稚園や小学生の頃は、体や服をどろまみれにして遊んでも全然気にならなかった筈なのになぁと想いながら、ここの住民はずっと子供のままだなぁと感じた。いつのまにか私自身も、泥や土が汚れの1つとなってしまっているのを感じた。
車ではもちろん入ることもできなくて、最低1週間山の中を歩いてやっとたどりつくことのできるような山奥にあるこの集落には、ちょっと感動した。
夜になるとロウソクかまきの火の細い明かり以外は真っ暗になってしまう生活。これは、私が、小さいころから何気なく考えていた「何百年前の生活(世界)ってどんな感じなんだろう?」という問いに対する答えのイメージをつかむのにとても参考になったような気がした。
写真:チベサの集落
この日は、同行しているブータン人ガイドやコックの着ている服があまりにもきれいに見えて、彼らがブータン人に見えなかった。
こんなことを考えながら、今日の午後はのんびりとすごしていたが、夕方になって風がものすごく強くなり、突風でスタッフ用のテントがこっぱみじんに壊れてしまった。すべての支柱が、ぐにゃっと折れ曲がってしまい、そのうちの3本は真っ二つに折れてしまった。「これから先まだ長いのに、どうやってトレッキングを続けていくんだろうか?」と思った。
この夜スタッフは、テントシートで仮の屋根を作って一晩を過ごしたが、これからまだ北に進むのにどうなるか心配である。
●第7日目 平成10年9月15日 チベサ(3910m)〜シャムタン(4350m)
今朝、いまいち顔色が良くなかったらしく「具合悪いのか?」と何度も聞かれた。これは、病気ではなく明らかに疲れである。右目も何だか腫れぼったく感じている。しかし、ここで体調が悪いといっても何もならない。とにかく全行程の3分の1も終っていないのだから、、、9時に出発して13時45分にシャムタンに到着した。
●第8日目 平成10年9月16日 シャムタン(4350m)〜ロブルタン(4250m)
昨晩、日没後メチャメチャ冷え込んだと思ったら、今朝近くの山が雪化粧をしていた。テントサイトは夜中雨だったが、より高い山では雪が降ったようだ。考えて見ると、今回のトレッキングはいままでのそれより、天気がいいことや高地なので虫が少ないことから、結構快適なんじゃないかと思っている。
8時20分に出発、1時間15分でジャレ峠(4600m)に到着した。いつもそうなのだが、登りはやっぱり息が切れ、呼吸が苦しくなる。ガイドはそんなことおかまいなしにどんどん話しかけてくるが、苦しいので答えるのがいやになってしまう。最後には「お願いだから、登りの時は話しかけないでくれ。」と頼んでしまう。
しかし、峠を超えて下りになってしまえば、一気に気持ちが変化して気分がよくなる。つい口笛をふいたり、歌をうたってしまったりする。ガイドは、私にこう話してくれた。「今回のトレッキングは、馬と一緒に歩けるから楽だ。君は、ちゃんと馬についていけるからね。」いろいろ聞いてみると、いつもはトレッカーのペースはとてもゆっくりで、いつも日暮れぎりぎりに到着したりして、もっと大変なんだそうだ。14時10分にテントサイトに到着した。