山国ブータン王国−67(軍隊の町「ハ」)

1998年8月16日

 1998年8月12日、電話線路網整備プロジェクトによる通信線路新設工事の最後の町「ハ」へ線路系統図作成に伴う調査のため出張した。

 「ハ」は、首都ティンプーから約130km、道が悪いので片道4時間かかった。ここは、ブータンでも特別の町である。というのは、この町は軍隊の基地の町であり、観光客を始めとする外国人は完全に立ち入り禁止となっているからである。

 が、日本の無償援助による電話網整備プロジェクトに関する通行に関しては、特別に許可されていた。そのため、日本テレコムコンサルタントや施工者のNEC、そして私には、通行許可書が特別に発行された。

 軍事機密があるので、立ち入りが厳しいはずの「ハ」であったが、せっかく苦労してとった通行許可書が、この日、日の目を見ることはついに無かった。なんと往復の移動中にどこにも停止を命じられず、すんなりと行けてしまったからだ。このあたりは、ブータンという国の「あいまいさ」というか、そのお国柄を感じてしまった。

 実際行ってみた「ハ」は、これまで出張で行ったパロ、プナカ、ウォンディのどこよりも、山里の田舎だった。商店街もほんの小さなもので、インド軍の基地以外は本当に何も無い町といって良かった。既設の電話回線は、50回線でほとんどが軍が使っているらしい。設備の新設後も容量が300回線とこれを見ても小さな町だということが分かる。


写真:ハゾン

 ウォンディのブータン軍駐屯地を見たときも感じたが、軍が所有するスペースというのは何ときれいに整備されているんだと毎回思う。軍関係の人々が住む家は、1件1件がとても広い庭を持ち、芝生を敷き詰め、木々をポイントに植え込んで、とてもきれいな庭に仕上がっている。ブータンには考えられない高級リゾート地の雰囲気をいつも感じることができる。


写真:イントラットゾン(元ハゾンで現在はインド軍のオフィッス)

 逆に一般市民とは全然違うこの優雅な暮らしを、外国人に知られたくないので、立ち入り禁止にしてんじゃないかと思ってしまったほどだった。

 それにしても、国境がすべて陸続きである大陸の国では、島国の日本人の私が考えるよりずっと軍隊は重要であるにちがいないと思った。

 ブータンでも南部のインドとの国境付近では、現在でもまだまだ民族問題やテロ問題が頻繁に起こっている。このような地域では、軍が弱くなるとすぐにテロ集団などが活動を活発にしていくであろう。この点でも日本は恵まれた国だと思った。



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