1998年8月10日
ブータンに住んで1年ちょっとが経つが、最近「援助は人を駄目にするんじゃないか」と思うようになった。
日本政府は、世界最高水準の金額のODA:(Official DevelopmentAssistance 政府開発援助)で世界中の発展途上国を援助している。一見その日本政府が出した金額だけの発展が、途上国にあっていいはずなのだが、実際私はそのように感じない。
具体的に、日本政府が長年援助し続けた巨額のお金によって、どうなったのだろうか。ブータンで言えば、確かに通信網や橋梁など、日本製の材料で日本の施工者が作ったものは、立派にできあがり現実に役にたっているように、モノの点では確実に良くなった。
しかし、この多額の援助によって、ヒトの心はかなり歪んだものになってしまったように思う。つまり「援助慣れ」と言えば早いだろうか。
工具、材料、パソコンなど、日本などから援助されたものは、乱暴に扱ってすぐに壊してしまったり、無くしてしまう。そして「壊れたからまた買って欲しい」「無くなってしまったからまた買って欲しい」となる。
つまり、ブータン人にとって「援助」というのが、最も手っ取り早くて一番楽なモノの調達方法になってしまっているのである。
また、援助が入ってくる国の人々は、一般的に働かなくなることが多い。別に働かなくても、外国からの援助によって立派なモノがどんどん入ってくるからだ。逆に言えば、援助がその国の人々を働かなくさせている。
これを、援助慣れしてしまって働かないブータン人は情けない、というのではない。世界各国の援助団体がブータンを援助し続けた、という長年の環境によって起こってしまった現象になっていると感じている。
つまり、援助が現地の人々を逆に駄目にしているのである。
ブータン人は、よくこう話してくる。「ブータンという国は国土も狭いし、資源もない。だからいつまでも貧しいし、外国からの援助も必要なのだ。」でも、私は全くそうは思わない。もしそうならば、今日のシンガポールや香港、台湾の発展は何なのだろうか?どの国も大した国土も無く、資源も無い。ただ経済の自由化政策で外資を呼びこんで、世界の企業を誘致して、雇用と収入を伸ばし、今やGNPではアジアのトップレベルとなってきている。
ブータンも同じように、ブータン政府の経済政策いかんによって、発展できる土壌はいくらでもあると信じている。あまり知られていないが、ブータンの教育レベルは高い。アフリカのケニアで活動していた協力隊員がブータンの高校を見学した時に、学校の設備の良さに驚いた、という話があるように、ブータン政府はかなり教育に力を入れている。
授業は、現地語があるにもかかわらず小学校からずっと英語で行なわれてきたので、ブータン人の英語力は高い。一般市民層まで英語を話すことができるのは、アジアでは数十年前に国語を英語としたシンガポールとブータンくらいじゃないのかと思ってしまうほどである。
また、近日ブータンにもインターネットのプロバイダーが設置される予定だが、英語を問題なく読むことができるブータン人は、約80%が英語での情報と言われるこのインターネットをとても有意義に使い、世界との交流をスムーズに図っていくことだろう。もっとも、パソコン自体が年収の5倍から10倍もする「超高級品」なので、個人的なレベルまでの普及には時間がかかりそうだが、、、
すばり、ブータンのさらなる発展には、外国政府や援助団体からの援助よりも、国際企業の誘致が必要不可欠であると思っている。というのは、政府政府間の援助形式に限界を感じるからである。最低限のインフラ整備には貢献できても、それ以上の国際競争社会における本質的な産業の育成や人材の育成になってくると、政府主導の援助では対応しきれないんじゃないかと感じる。
それと比べて、民間(国際企業)の現地進出における努力は、政府主導のそれとは比べ物にならないくらい目覚しいものがあると聞く。競争に勝ち残るためにコストや生産性、品質を徹底的に追求する企業努力は、結果的にシンガポールなどに見るように現地の人材までも優秀にしてしまった。この先必要なのは、政府じゃなくこういった民間企業による現地努力こそ、発展途上国のための必需品だと思う。
政府による「援助」「保護」「補助」、一見それをされる側にとっては、とても聞こえがよく気持のいい言葉に見えるが、長期的に見るといかにこれらが、その人間や産業を競争に対して弱いものにしていくか、ということを、ブータンの人々を見てしみじみ感じてしまった。私もその環境の中に住んで、少しは現地人化しているのだろう。
私自身で考えてみても、「協力隊員」というブータン政府からの保護(特権)が少なからず存在しているし、「現職参加」というものも会社からの補助の1つだろう。
「援助」「保護」「補助」すべてがそうでないにしろ、本当に甘く聞こえるが、考えなくてはいけない言葉であると思った。