山国ブータン王国−60(ウォンディ通信工事完工)

1998年5月25日

 1998年5月19日(火)ウォンディの電話線路新設工事が終了した。地中0.3km,架空18.8km,加入者容量は500回線で、ちょうど2ヶ月間の工事であった。

 最後の2週間は、本当に暑かった。現場も遠方の山奥の20世帯ほどの集落への山岳ルートで、昼はその場で食事をとったのだが、近くの小川の水を問題なく飲むブータン人に対して、私は恐ろしくて飲むことができなかったため、食事をとることはできたが、日中水分をとることができなかった。そのため、午後になるとヘロヘロになる日々だった。脱水症状まではいかなかったが、夕方宿舎に戻るとすぐにお店に行きビールをガバ飲みする毎日だった。

 ここは、もう真夏といっていい気候である。昼間はセミの鳴き声でうるさいし、ヘビも時々出てくるようになった。夜もあまり気温が下がらないため、Tシャツ1枚でシェラフにくるまらずに寝ても暑いし、虫が顔のあたりをうっとうしく飛んでくるので、夜中目が覚めて眠れなくなってしまう最後の週であった。

 でも、ウォンディより標高が1200m高く、約2300mに位置するティンプーは今とても快適な気候である。ティンプーに戻ると風がとても心地よく、天気も例年よりはいいらしいため、とても気持よくまるで自然が我々の出張帰りを迎えているような、そんな気持ちにもさせてくれた。

 ウォンディでもいろんな新しい事を発見した。いちばん恐ろしかったのは「サボテン」だった。このサボテンの針のように鋭くて強いトゲだけでも十分気をつけなければならないが、それよりもサボテンの実からでてくる光ファイバーのようなすごく細いトゲにやられた時、その日と次の日に襲ってくるチクチクという体中からの不快感にはとてもまいった。一度これが体に刺さると、トゲが細くて小さすぎるためなかなかとれないためである。とくに背中は絶望的にとれないといってよかった。

 また、日中はほとんど作業員A状態で、一緒やっていた私にとっては、生キズ、マメはたくさん作ったものの、ケガをしなかったというのが何よりもの喜びだった。実際に通信柱や移動中のトラックの荷台から落ちて病院へ連れていかれたメンバーもいたので「ケガは、ケガをしたやつの過失である」という発展途上国バージョンには、よく注意しなければならなかった。



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