山国ブータン王国−55(酔っ払い)

1998年4月6日

 1998年3月30日、季節外れの大雪が降った。ティンプーとウォンディの間には、標高約3000mの峠があり、雪で通れなくなってしまった。


写真:ドチュラ峠からの眺め

 やっと通れるようになったのは、その2日後であった。さらに、この雪で配電線障害が発生し、プナカとウォンディの町では、3日間の長い停電になった。

 1998年4月1日、ウォンディでは、日中30度くらいまで(体感ですが)気温が上がり、真夏を思わせるような暑さだった。雪が降ったと思えば、真夏のような暑さにもなり、とにかくこの国の気温の変化はとても激しい。

 とにかくこの暑さで、私はのどがカラッカラッに乾いていた。17時30分に作業が終って、宿舎へ戻ってきて、手を洗うとすぐ町へ飲みにくり出した。1件目はビール1本(こちらは650ml)、2件目もさらに同じものをもう1本と、メンバーと一緒にどんどん店を変えながら飲んでいった。

 いつもは、毎晩ビール1、2本程度なのだが、今夜は昼間暑かったせいか気分が乗っていた。

 先日の雪で、この夜も停電で明かりはろうそくの炎だけだったが、別に気にならない。3件目では、ブータンのお酒「アラ」を飲んだ。日本酒のような白っぽいお酒である。強さも普通の日本酒と同じようなもんである。

 ただ、そこに卵を少し焼いたものを入れて飲むとうまいらしく私も試しに飲んでみたが、これはちょっと気持ち悪かった。

 さらに次の店では、ブラックマウンテンウイスキーを飲み、その次の店で、ブラックマウンテンとビールを混ぜて飲んでいると、ついに意識がだんだん遠くなっていくのを感じた。ついに限界を感じて「俺は先に帰る」と外へ出た。。。

 気がつくと、しっかり自分のシェラフの中で眠っていて朝になっていた。体調は最悪でとても気持が悪い。立ち上がると吐きそうになり、吐こうと思うとでてこない。

 チームのメンバーには「昨日、町で騒いでいたのを覚えているか」と聞かれた。どうやら、宿舎への帰り道に、停電で暗闇の町の中で1人で騒いでいたらしい。

「警察まで来たんだぞ。こいつは何者だ、と。でも俺達が、彼は酔っ払いの日本人で、すぐ家に連れて帰りますので、捕まえないでください、と言って何とか捕まらずに済んだんだ。」と、話してくれた。

(や、やってもうたぁ。日本人が自分だけでよかったぁ)

とちょっと反省した。

 この午前中は、みんな体調が悪かった。私は仕事にならず、現場沿いの林の中で午前中ずっと横になっていた。他は、メンバーの1人がビールを3本買ってきて「これを飲めば、体調が回復するんだ」といってみんなで回し飲みしていた。私にも、このいわゆる「迎え酒」をしつこく勧められたが、絶対飲まなかった。私は、迎え酒というものは信じていないし、飲めるもんでもない。

 これから、夏になってくるに連れて、酒の量がどんどん増えてきそうな気配である。しかし、飲みすぎには注意していかなければならない。今回のが、自分にとっていい訓戒になればいいのだが。。。



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