山国ブータン王国−51(祭の夜)

1998年3月9日

 1998年3月5〜7日は、「プナカツェチュ」と呼ぶ年に一度のプナカ地方のお祭りだった。このようなお祭りは、ブータンのどこの地方でも日は違うが年に一度催されている。

 しかし、「祭りで何が行なわれたか?」という問いに私は詳しく答えれない。というのは、この3日間日中はずっと通信ケーブル(0.5×200P)を引っ張っていたからである。ブナカの役所や学校などは、完全な祭日なのに、電話局長の「1ヶ月でプナカの電話線工事を完成させるように」という無理な要求がプレッシャーとなっていて、我がチームは休日にすることができなかった。祭りでは、主にゾン(プナカ城)の中で、民族踊りや宗教的な行事があったらしい。

 観光客もたくさん来た。といっても日本人観光客は合計で25人程度。ゾンへ向かう道路上で作業している私が日本人だと気づいたらしく、手は振ってくれたのだが話す機会は無かった。

 さて、プナカゾンの隣には、結構広い空き地がある。このお祭りの3日間は、ここに約50張のテントが立ち並び露店街のようなものになっていた。

 夜、早速そこに行ってみると、露店の大半が賭場で、残りが飲み物屋と映画館(といっても14インチテレビ1台あるだけ)などであった。

 ブータンに来て初めて見たこの賭場は、結構笑えた。賭けの方法は、サイコロ2〜5個を振って何が出るかを当てるもの。でると思った数字やマークに、お金を賭けていく。1回に賭ける金額は5〜10NU(17円〜34円)とかわいい。このような単純なゲームにブータン人はものすごく盛り上がる。

 サイコロの入った箱を置く時に大きな声を出したり、賭金を置くときも気合の入った動作をする。また、この賭場事体も年に1度の祭りにしか出現しないので、祭りの最大の楽しみといわんばかりの盛況であった。

 何件か歩いていると、昼間一緒に働いていた10代の「コタ」(臨時労働者)達も、その前日受け取った給料を使って、賭場にのめり込んでいた。一番びっくりしたのは、ティンプー電話局のブータン人同僚が、テントの1つで賭場のおやじになっていたことであった。「おまえこんなところで何やってんだ!」とこれも笑えた。ここでの同僚の顔は、電話局員の顔ではなく、完全な賭場おやじの顔になりきっていた。いきいきした目が印象的だった。

 ティンプーの祭りの時もそうであったが、こういうとき必ずスリが近寄ってくる。スリの大半が子供たちで、混雑する場所で外国人を見ると、後ろからおしりの部分を押してくる。これが押された本人(私たち)からすると「なんだ子供か」とスリに来たとはなかなか気が付かない。おしりの部分を押すのは、子供の背が低いからではなくて、ズボンの後ろポケットを探っているのである。幸いこれまで被害はないが、いつも押され始めてしばらく経ってから気づくので、冷や汗はよくかく。

 ところで、ブータンには、赤い衣装をまとった僧がたくさんいる。彼らはお寺やゾンで毎日きびしい修行にはげんでいるはずなのだが、彼らもまた賭場の主要客であった。「坊さんが賭け事やっていいのか!」と言いたくなるが、ブータンでは、僧の酒も賭けもOKのようだ。毎晩飲み屋でこの僧たちをよく見ている。太っている人に僧が多いという話も聞いたことがあり、どうやらこの国の僧達は結構おいしい職業なのかもしれない。



< つづきへ >