1998年1月27日
5.ケーブル架線、布設
ケーブル条長は線種によるが、600mから1000mが一般的である。ケーブルに先行ロープをつけてチーム全員で引っ張っていく。500mを過ぎるとかなり重くなる。9月にパロに来た時は、まだ稲刈りの前で「どうやってあの田の中を縦断するルートで架線するのかな」と思ったが10月に稲刈りが終ってからは、全然問題なくなった。
一方、地形上仕方なく配電線の上を電話線が通過する時の架線時に、その振動や重みで裸配電線がショートして2回ほど停電させてしまった。ここには、パケット車などの高所作業者が無いことや、もしあったとしも車両用の道路が少ないことから、どうにもならなかった。
6.ケーブル接続
ケーブル心線の接続は、ハンダ接続ではなく3Mの接続コネクタを使用しているが、ままに未接続状態になっていて、回線フォルトの原因となっている。接続者の技術不足なのか、工具やコネクタが悪いのかは、今のところはっきりしていない。
7.分岐箱取付、接地
当初分岐箱の位置は、地上1mくらいの低い位置の方が作業性が良くていいのではないかと思った。というのは、ティンプーで新規加入者線工事の時に、こちらの局員は梯子をもっていかずに、電話柱に素登りして端子付しているからである。しかし、検討の結果やっぱり現状の柱の高い位置の方が適していると判断した。というのは、ここの子供たちのいたずらがひどく、分岐箱を傷つけられてしまうからである。工事中でも、ケーブルドラムのビスが盗まれるなど、主に鉄や銅をよく物色される。どこかで1kgあたり2Nu(7円)のお金に替えられるからのようだ。
8.測定
電話局のMDFから分岐箱までのループ抵抗を測定し記録しているが、例えば20P分岐箱のテストの時1番をモニターに使い2番〜20番のループ抵抗を測定した後、モニターを2番に写して1番のループ抵抗を測定しようとしない。彼らいわく「ちゃんと通話できるから抵抗値は2番と同じにしておけばいいよ」と言う。どうもめんどくさいらしいが、私は「それでは、この測定記録が信用のないものになるじゃないか」と言って1番もやらせているが、私は分かる。私のいないところでは絶対にやっていない。
彼らも頭がよく、2番と同じ値にすると疑われるので、1Ωか2Ω多くして書き込んでいる。彼らからすれば「回線が通じていることが重要であって記録なんて保管しておくだけなので適当でいいよ」という考えであり、一理はあるがやはり実際に測定した値を書き込むべきだ、ということをこの先理解させていけたらいいと思っている。
以上が、この4ヶ月パロで電話線路工事を施工した主な概要である。
系統図や線路地図などは、今回は私が作っている。チームのメンバーは基本的に現場専門の人たちであり、ペン1本もパロに持ってきていない彼らに、図面作成はちょっと仕事が違うかなと思っている。チームのボスも私に施工記録の管理を一任している。
(B)業務実施計画
・1998年1月〜6月 プロジェクトによる電話線路新設工事
この先あと半年は、プナカ、ウォンディ、ガサ、ハ、と出張生活での電話線路工事が続きそうである。基本的にはパロと同じように、現地電話局員と一緒になって施工していく方式でやっていこうと思っている。そのなかで、設計・施工について話し合いながらやっていく今のやり方をかえるつもりはない。
・1998年7月〜8月 プロジェクト完成電話線路図面の制作
プロジェクト終了後、完成図面を一冊の本にしてまとめることを考えている。これまでの図面を数部コピーして電話局のボスに渡すのは、ボスがそれを金庫にしまってしまい、失いはしないのだが、他局員の目にふれることがなくなってしまうので、好ましくないと思っている。
私が考えているのは、完成図面が一般局員の手元にまで1冊づつ渡り、それを参考図面として保守に活用してもらうことである。その印刷代として、平成10年度上期の隊員支援経費を申請する予定である。
・1998年9月〜任期終了 線路保守活動
今年の9月からは、要請の主目的であるプロジェクトもすべて終了し、自分で仕事を探してやっていく形となりそうである。主に電話障害対応、図面の充実化、地方の電話線路網視察、次回プロジェクトへ向けての拡充電話線路網の設計、など現地点では幅広く考えている。