山国ブータン王国−31(運動週間2)

1997年10月27日

 次に1997年10月19日(日)〜10月31日(金)にかけて、全国バスケットボール大会が開催されている。全国大会といってもエントリーはたったの10チーム。バスケットボールは、サッカーと並んでブータンでも若い世代では、最も人気のあるスポーツの1つなのだが、参加料が1000Nu(3000円)とブータン人にとって高いのがネックのようで参加チームが伸びなかった。

 我々も、日本人・フランス人・イギリス人のボランティア達で「異国人チーム」を結成してこの大会に挑んだ。試合形式は、5チームづつのリーグに分かれてリーグ戦を行い、上位2チームが決勝トーナメントに進むことができるルールである。つまり、負けても最低4試合はできることになる。

 この大会は、盛り上がった。というのも、ちょうど隊員会議で首都にみんなが集まっていたために、みんなで応援できたことや、メンバーの中で経験者は私1人であったのだが、何と初戦において、試合終了直前に大逆転勝ちをしてしまったために、みんな本気になってしまっていた。しかし、2戦目・3戦目・4戦目は、実力の違いを見せつけられ、どれも大差で負けてしまった。予選リーグの結果1勝3敗で予選落ちでした。

 日本で全国大会というと大きな体育館でやるものだとイメージしてしまうが、ブータン唯一の体育館はバスケットコートがやっと1面とれるだけの大きさしかない。観客席はあるが、精一杯つめこんでも200人がやっとだろう。

 床は、コンクリートでかなり使い込んでいるために、現在は「つるつる」状態で、とても滑る。照明も決して明るいとは言えず、日本の体育館の半分くらいの明るさである。実際プレーしてみても、止まりたくても止まれず転んですり傷を作ってしまったりして、日本の体育館でやるようにはうまく動けなかった。

 さらに標高2500mで空気が若干薄いためか、それともただの運動不足か、開始5分でみんなスタミナ切れをおこしてへろへろになってしまった。ただ1人フランス人は、私と同じ26才にもかかわらず全く疲れていなかったのには「さすが軍隊経験者」と感心した。



< つづきへ >