山国ブータン王国−29(1号隊員報告書-2)

1997年10月14日

支 援 体 制

(A)受入体制

a)隊員の配属先での位置付け

 地位:電話線路設計技術者( OSP Planing Engineer )

 職場では、電話線路(OSP)部門の長(アシスタント・エンジニア)と一緒になって仕事をしていくという対等な位置付けの環境である。工事の中で指摘があればその都度議論して決めながらやっていく状況である。この位置付けで特に不満はない。
 

b)予算的裏付け(任国の予算措置状況・JOCVの支援資金)

 電話線路部門に関しては、ブータン政府から年度当初に割り振られた予算は無い。仕事をしていく上で、必要な物品がありしだい、大蔵省( Ministy of Finance )へ申請し、認められて、初めて発注することができる。我々の電話局は、月々の電話料金で儲けているはずだが、そのお金は全部政府の方にそっくりそのままいってしまい、電話収入に応じた設備投資ができないシステムである。

 最近、始まったばっかりの通信網整備プロジェクト(フェーズ4)は、日本(JICA)の無償援助である。9月下旬に、8地方局の通信ケーブル(合計約160km)とそれに伴う工事材料類が到着したが、私の概算ではフェーズ4の電話線路工事向けには、約1億円がJICAから、援助されている。

 発注ルートは、JICAから昭和電線(株)に一括発注されていて、ケーブルも材料もすべて昭和電線が調達したものである。到着したケーブルドラムは合計約200ドラム、材料は小型コンテナ25個とそうそうたる物品である。
 

d)隊員の住居手配状況

 住居はブータン側が手配してくれた。しかし、今ティンプーは住宅難で本当に適当な物件が無いようで、ブータン側の担当(電話局の総務)も地元新聞に物件問い合わせの広告を載せたりして、かなり苦労してたようである。住宅探しでは、相手側と密に連絡を取りながら2、3回案内してもらい、私に対してとても誠意をもって対処してくれた。

 今、私の住んでいる住居は、ティンプー中心部から約3.5km離れている「ランジュパカ」という場所にある。ティンプー隊員の中で一番私が、JOCVオフィスから遠い。2ベッドルーム・2バスルーム・1キッチン・1ダイニングルームで、家賃は3500Nu(約10,500円)で1年後から4000Nu(約12,000円)になるとオーナーが話していた。

 この住居は、新築でオーナーは私の働く電話局の局長の妻である。日本で新築といえばいいもんだが、ブータンでは決してそうでは無かった。まず「7月いっぱいで間違いなく完成する」と言った言葉を信用したのが間違いだった。8月10日(日)に引っ越したのだが、電気はあったが水は出なかった。

 最初の5日間は水の無い生活ですごした。やっと水が出て「これで水洗トイレが使える」と思ったが、タンクから水が漏れていて、水漏れ防止材料を使って、水漏れを修理してやっと使えている。また「ギサ」(電気温水器)からのパイプ工事をなかなかやってくれなくて、結局温水シャワーがでたのは、2ヶ月経った10月11日(土)だった。

 とはいってもシャワーの出は悪く、とてもシャワーと言えたもんじゃないが、それでもこの日は本当にうれしかった。この2ヶ月間は、冷水シャワーを浴びるしか無く9月後半からは、本当に体の芯から冷えた。

 現在も、電灯は壁の補助灯しか無く、バスルームも片方はまだ完成していない。工事中である。よって、鍵が掛けられるのもまだ私の寝室1室だけで、メインドアは開けっ放しで出張している。幸い、まだ家具やガスコンロは盗まれていない。家具も、ただ1つ長椅子がまだ届いていない。現在、電話局総務を通して請求中である。国が国だけに、いろいろとハプニングはあるが、この住居は自分の生活基盤としてとても気に入っている。
 

一 般 状 況
 (A)任国事情
a)任国の印象

 ブータン王国は、インドと中国の2大国に挟まれたヒマラヤ山脈の麓でネパールの東側に位置する小さな国である。面積は九州とほぼ同じで、そこに約60万人の人々が暮らしていると言われているが、ティンプーを見て「本当に60万もいるのかな」と思う時もある。

 この国の主要産業は農業で、国民の約9割が農業従事者だと言われている。標高は、北部ほど高く海抜7000mを超え、反対に南部は海抜200mほどの熱帯地域となっていて、約2500mを境として低所では稲作が、高所では畑作が行われている。

 私の住んでいる町は首都のティンプーで、ここは標高約2500mで山に囲まれた谷の中にある。首都といっても人口たった3万人でぜんぜん首都らしくなく、山奥の農村と言った方がピッタリだと思う。この町は、地形上とても坂が多く、自転車なんてきつくて使いづらい。したがって、どこへ行くにも、ほとんど歩くかタクシーを利用している。

 ブータン人は、顔が日本人ととてもそっくりである。違うのは、男性は「ゴ」女性は「キラ」という日本の着物に似たブータン独自の民族衣装をまとっていることである。「開発されていない山といい、着物といい、ここは昭和初期の日本の雰囲気にとても似ている」と言われた方もいるようだ。

 ここの人々は毎日をとてものんびりと暮らし、幸せそうである。ブータン人は、ドマというものをガムのようにして口に含んでいる。そのため、口の中と唇が真っ赤の人が多い。ドマの匂いは独特のものがある。食事は、それぞれの家庭では手で食べている。出張先のパロでも私以外は手で食事している。休日になると、国技である「アーチェリー」や「ダーツ」をして遊んでいる。またサッカーやバスケットボールも、レベルはさほどでもないが、最も人気のあるスポーツの1つである。

 ブータン王国は、国民の平均年収が5万円そこそこの、世界でも最貧国の1つの筈だが、実際にここに住んでブータン人を観察しても、その貧しさをあまり感じない。産業がほとんど無いのだが、農業がさかんなため自給自足で食物をまかなえ、またアフリカなどと違ってヒマラヤから流れてくる河川の水が豊富にあるからだと思う。

 言語は、国語はゾンカ語で、英語も十分通じるため、私の日常生活は英語で特に不自由してない。ただし自分の英語のレベルには不自由しているが、まだここに来て3ヶ月たらずなのでスキルアップはまだまだこれからだと思っている。他にも東部ブータンのシャショップ語やネパール語も話されていて、一般的なブータン人は、この4ヶ国語を話すことがでる。ここに住んで初めて「1ヶ国語しか話せないのは、日本人くらいだ」と感じている。

 また、この国はマスコミが制限されていて、テレビ放送が無い。ラジオ放送さえもBBS(ブータン・ブロード・キャスティングサービス)1局のみで、1日に夕方の4時間だけしか放送されていない。新聞社もクエンセルという1社のみで、毎週1回(土曜日)の発行となっている。ラジオも新聞も3種類の言語(ゾンカ語、英語、ネパール語)が使われている。日本の新聞と比べてみると、クエンセルにはテレビはもちろん、ラジオ番組表もない。経済関係記事がほとんどない。天気予報がない。海外の記事は、ほんとうにさわり程度だけである。



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