1997年9月18日(木)パロにおいて、加入者線路網拡充工事が始まった。この工事は、既に昨年までに設計が済んでいて、ケーブルは日本から近々到着予定である。我々首都ティンプーから来た工事チームの仕事は、交換機のある電話局から町に点在する約40個所の分岐ポイント(1分岐BOXは20P端子)までの幹線ケーブルの建設である。
その先の加入者への引込は地元のラインマンが行う。ケーブルは、心線径0.4mm〜0.9mmの10P〜200Pの架空・地中両ケーブルを使用し、パロで合計42.9kmの新設ケーブル工事を予定している。完成後は加入者容量を現在の137から900まで拡大できる設計である。
この工事チームは、アシスタントエンジニア1名、協力隊1名(私)、運転手1名、食事係1名、作業員6名の合計10名(私以外は全員ブータン人)で構成され、建築中の新電話局で一緒に寝泊まりしながら、工事の完成を目指している。
今週1週間は、ルート調査と建柱作業を行った。ルート調査では、日本からやってくるケーブルの長さが、思い描いていた構想より足りない事が分かり、パロ電話局長はとても困った顔をしていた。家々が密集してなく閑散と建っているこの町への電話網建設は有線ではどうしても効率が悪い。局長も現地住民とのしがらみ・つきあいがあり、そのすべての要求を満足させたいのだが、それはちょっと難しくなっている。
電気には満足している地元住民の次の願望は、このプロジェクトによる電話の所有であり、かなり期待されているようだ。特に海外からの観光客を相手に商売する高級ホテルが一番需要を感じていた。現状の通信事情はあまり良くなく、障害も多々起こり、予約業務に支障があるようだ。パロ〜ティンプー間の中継線の品質が悪いらしく(10年前のインド製アナログ無線機)、国際回線がつながりにくいらしい。
建柱作業は18日から20日の3日間で13本の通信柱(すべてインド製鋼管柱)を建てた。1日たった4〜5本のペースである。というのも、ここには建柱車が無く、すべて手掘り作業であるからであり、支線掘りも含め簡単じゃないし手間もかかっている。ブータン国内では電力柱への共架は、現在のところほとんど行われていない。
既設の配電柱に添架していけば楽なのだが、こちらの配電線は裸線を使用していて、パケット車もなく素手・素登りで作業する彼らにはとても危険であり、私は薦められない。
それにしても、彼らのパワーと元気さには驚いている。いくら自分自身が元気だと思っても彼らには勝てない。地面を掘る力・地中の岩を砕く力・大きな石を運ぶ力・鋼管柱を運ぶ力、いくつか一緒に手伝っているが、とてもかなわないやと感じている。
逆に鋼管柱を落とす時に、誤って自分の腰骨にくらって痛い思いをした。気をつけなければならないのは、自分の方である。
ブータン流通信ルート選定の特徴は、道路沿のルートにこだわらない事である。斜面をくりぬいて作ったこちらの道路は、頻繁に土砂くずれが発生し良くないのだそうだ。どうせ建柱車もパケット車もないので、道路沿が保守に便利という訳でもない。
反対に農地は、用地交渉をしない(勝手に人の土地に入り込んで建柱していく)ので、農地(民地)横断は容易である。また、農地は平地なので、土砂崩れの心配もいらない。
建柱工事の段階で私の仕事としては、ブータン流工事方法の観察・理解と精密なルートマップ作成をやっていこうと思っている。ブータンでは、工事をしても図面を全く作ろうとしない。作っても利用しない。すぐなくしてしまう。したがって、その重要性と必要性を、うまく伝えて理解してくれる手段を考えて行こうと思っている。