1997年9月21日
1997年9月16日火曜日より、ブータン第3の町「パロ」へ出張となった。目的は日本の無償援助による通信網整備プロジェクトに伴う、地方局への加入者線路網の建設である。期間は「ケーブル工事が出来上がるまで」であり、定かでないが私の予想ではパロは3ヶ月位かかりそうである。ここに、配属した1997年8月11日より約1ヶ月続いた私の「ヒマな日々」に終止符を打った。やっぱり外(現場)がいい!
パロは、人口約4300人(これでもブータンで3番目に大きい町である)・加入電話数137でブータンでただ一つの空港(パロ空港)がある町である。私が2ヶ月前の7月9日にタイのバンコクからブータンに到着したのもこの空港であり、30分だけこの町にいた経験があり、厳密に言えば2度目のパロである。
写真:パロの町
首都ティンプーからパロまでは約65km。といっても、山の斜面沿いをくねくねと走っていくので、車で2時間かかる。標高はティンプーとほとんど同じ2500mで気候も似ている。今は雨季の最後の時期であり、ひんぱんに雨が降りとてもわずらわしい天候である。午前中はとても強い日差しのいい天気なのに、午後からは大雨だというのが1週間で2日もあった。
パロの特徴はブータン最大の農業の町で、ブータンでは有名な日本人農業技術者の故 西岡京治氏もこの町に住み、農業技術の発展に尽くされた。今パロで日本米がとれるのもこの氏の功績に他ならない。この日本米は、ティンプーのマーケットで他の米よりも約3割高く取引され、パロの農民はとても西岡氏に感謝している。
他に「パロ谷」と呼ばれるここは、観光パンフレットによると「ブータンで最も美しい谷」と言われている。パロのシンボル、ドゥゲルゾン(パロのお城)もブータンを象徴する1つの建物である。ゾンの下部を流れるパロチュー川は水もとってもきれいで河原で寝ると気持よさそうであるが、まだやってない。パロ中心部の町並と人々の衣装は、今まで何度か映画や写真で見た明治時代の町並にとてもそっくりで印象的である。ここを歩いていると何だか生まれる前の時代にタイムスリップしたような気持ちになった。