山国ブータン王国−12(水が出ん!)

1997年8月13日

 1997年8月10日日曜日、ドミトリーから自分の貸家へ引っ越した。私の貸家の場所はティンプーの中心部から歩いて45分くらいかかる郊外にある。20人位いるティンプー隊員の中では一番遠い部類に入る。部屋の窓からは、火葬場が見え夜は恐そうである。

 ・・とは言ってもまだ建築中。大家の「あなたは8月1日からこのアパートに住むことができる」という言葉を信用して契約してしまった私がバカだった。1年契約なので今さらやめるとも言えない。しかも、この大家はテレコムのダイレクター(電話局長)の妻である。今後も考えると、ここは文句が言えない。言おうと思っても、うまく英語が話せない。

 ここは、はっきりいってまだ建築現場そのものである。電気はきてるのだが、水は出ない。鍵どころかドアのノブさえ付いてない。各部屋も全然掃除がしてなく、木のくずやゴミだらけである。完成するまでは、ネパール系の作業員がこの建物に住みついている。いつになったら完成するんだよー!「あと5日で完成するから大丈夫」という言葉はもう何回も聞いた!

 「さあ、ここにどうやって住もうか?」ブータン到着当初は「食」に悩み、今は「住」に悩んでいる。マズローとかいう人物の’人間の5段階欲求説’なるものがあったが、自分としては5段階目の「自己実現の欲求」を目指してここに来たはずだったが、はっきり言って今は1段階目の「生存の欲求」になってしまっている。

 私は、とりあえず1部屋だけ住む部屋を決め、自分で鍵を取り付け、掃除した。そして、町で1畳の大きさのござを買い、日本から持ってきたシュラフ(といっても今夏なのでシュラフカバーだけでOK)で何とか寝られるようにした。しかし、板の上に寝るのは寝ごごちが悪い。まだラジカセも何も買っていないので、夜は本を読む気にもなれず、以外とさみしい。


写真:部屋からの眺め

 料理はもちろん水が無いので出来ない。あるのは近くの小川から汲んできた、手を洗うためのバケツに入った「どぶ水」だけである。しょうがないので、食事は45分歩いて、町のレストランで食べている。ただ朝ご飯だけは、前日買ったパンとミネラルウォーターでしのいでいる。もちろん水が無いので、トイレも使えない。出すもんは外で出すしかない。夜は恐いのでがまんしている。まだ夜に下痢になっていないのでいいが・・・

 はたして、こんな生活いつまでもつんだろう?これで4日目になるが、だんだんとまいってきてる自分が分かる。とりあえず、水がでて欲しい。はやくこいこい水道水!



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