1997年8月2日
1997年8月1日(金)〜8月3日(日)の2泊3日で、ティンプーの隣町シムトカの一般家庭にホームステイに行った。これは、ブータン人と生活を一緒にすることによって、よりブータン人の文化や習慣を理解する、といった目的で毎回新隊員に行っている研修カリキュラムの1つである。
写真:シムトカゾン
これを1年前に経験している、先輩隊員の評判はすこぶる良くない。というのは、そのホームステイ先のトイレはその家の前の畑の中であったり、また別のホームステイ先では牛・豚小屋の上2階にあけられた穴であったり(穴にまたがると下にいる牛と豚が騒ぎながら寄ってくるらしい、お風呂はお湯が汚く入る前より出る時の方が体が汚くなった、電気も電話もない、などなど男性隊員、女性隊員を問わず評判が悪いので、私はこの3日は耐えようと覚悟をしていた。
しかし、私の行ったホームステイ先は、運がいいか悪いか、そんな心配は不要だった。そんな貧しい家庭では無かったため、トイレは一応水洗であったし(ただし紙は無かった。が近くに水だめがあった。たぶん。。。)、電気も電話もある家庭であった。が、建物は古くとても暗い雰囲気であった。
ブータンの家庭の特徴でもあるのだが、どこかの掘っ建て小屋のように建物はボロイし着ている服も汚いのに、家の中を見ると冷蔵庫、ラジオ、ステレオ、電気炊飯ジャーがあるのには、何かアンバランスさを感じる。この家には無かったが、ビデオも普及している。もちろんテレビ放送はないので、レンタルビデオ屋から映画を仕入れるのだが。電気製品は妙に普及している。もちろん農村部はちがう。どうもインドからたくさん電気製品が入ってくるらしい。
日頃、町に出て買い物をしたりして人と話す時は、英語で十分通じ、今参加しているオリエンテーションでも英語だけで十分であったが、ホームステイ先で分かったのは、みんな家庭や近所ではゾンカ語を使い英語は使っていないことが分かった。自分自身少しづつゾンカ語を勉強しているが、まだ「こんにちわ」と「ありがとう」位しか話すことができない。
幸い、ホームステイ先のおやじが英語ができたため、何とかなった。おやじは74才であるがとても元気であった。おやじの英語はとてもゆっくりなため、90%は理解することができたので会話に支障はなかった。
食事は、チミというメチャクチャ辛いピーマンみたいな物を除けば、ほとんどおいしく食べられることができた。なぜ来た当時ブータン料理がまずかったのか1つの原因が分かった。ジュース(ペプシ)を飲みながら食べていたからだ。こちらのレストランで出る水は危ないために飲み物を注文するためだが、一応2500mの町なので、来た当初ビールは控えておいた。確かに日本でも、ペプシを飲みながらめしなんか食べない。
ブータンの酒に「アラ」というものがある。日本酒とウイスキーを足して2で割ったような感じの味だった。私には強すぎてあまり飲めなかった。ブータン製の地酒だそうだ。ブータンの家庭で作り、夕食で飲んでいるらしい。
ホームステイから帰ってきて、先輩に言われたのは「まだ本当のブータンではない」という言葉であった。まだまだブータンの文化は奥が深そうだ。